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都議会落選(2005年7月)後、政治家としては浪人中という立場だった私は「後継区議を立てて次期都議選を目指す」という戦略の元、捲土重来を期してきました。
また並行して「宅地建物取引主任者」の資格を取得、不動産会社での1年間のサラリーマン生活を経て「太陽不動産有限会社」を立ち上げ、生活基盤の確立を図りました。
しかし、後継区議候補の擁立が難航、公募も試みましたが(下記公募コンテンツ参照)結局は失敗に終わりました。自分の不徳を恥じながらも事ここに至ってはと、後援会からの強い要請も受け、区議会への再挑戦を決めた次第です。
もとよりゼロから無所属でのスタートですからとても厳しい戦いになることは覚悟のうえでした。しかし多くの方の力・声援・友情に支えられ「2321票」もの得票を得(下記開票コンテンツ参照)、再び区議会の議席をいただきました。
これからご紹介する写真は一緒に戦った仲間たちとの記録であると同時に自分自身が、初心を忘れることなく選挙公約の実現に向け、謙虚に政治活動を続けていくための道標となるものです。 志半ばで議席に届かなかった候補者たちの分まで「はっきりYES・はっきりNO」の政治姿勢を貫き、ひたむきに政治に取り組むことを改めてここに誓います。 |
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| 多くの激励をいただき不覚にも演説中に涙してしまいました。 |
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| 伊藤たけしの基本遊説スタイル、初当選のときから変わりません。 |
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| 「たけしと走る会」のメンバーと。頼りになる友人たちです。 |
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| パフォーマンスのできない夜間はマイク1本で歩きます。 |
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| 選挙のメインイベント、世界の山本寛斎さんが応援に来てくれました。 |
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| 最後のお願いに力がこもる。皆さんの気持ちは一生忘れません。 |
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| ご挨拶 |
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拝啓 皆様におかれましてはご家族お揃いで輝かしい新年を迎えられたこととお慶び申し上げます。また、日頃より伊藤たけしの人生、そして政治活動に深いご理解、ご支援をいただき、叱咤激励いただいておりますこと心より感謝申し上げます。
さて、一昨年の夏、1万2千票近いご支持をいただきながら敗れた東京都議会議員選挙から、私は自身の捲土重来を期すためにも「志を継いでくれる方急募!」とのキャッチフレーズで、本年4月に行なわれる渋谷区議会議員選挙における、私の後継者の公募を行なってきました。多くの方からの問い合わせ、数人の方からの応募もいただきましたが、最終的に候補者決定には至りませんでした。これも私の不徳のいたすところだと恥じ入っております。
これまで、区内全域の皆様より今後の対応をたずねられ「後継区議を擁して次期都議選を目指します」と答えて参りましたが、その前提が根本より崩れてしまった今、新たな道筋を模索せねばなりません。この一ヶ月間、さまざまな方々からご意見を聞き、悩みに悩みぬいた結果「区議会への再挑戦」が私に残された道であると決断いたしました。このことについては各方面からのご批判もあると思います。しかし、批判には笑顔で耐え、そして死に物狂いで戦い抜くことこそ、政治家・伊藤たけしの矜持であると信じる次第です。もちろん想定外であった区議会再挑戦ですから、ゼロ以下からのスタートであり、無所属での戦いであることも考え合わせたとき、議席を得ることがどれほど厳しいものであるかは理解しているつもりです。
今後はこれまで以上に街に飛び出し、活発な政治活動を展開してまいります。そして、「はっきりYES・NO」の政治姿勢を貫き通して美しい渋谷のまちづくり、福祉の増進を図ってまいる所存です。どうか旧に倍しますご指導、ご鞭撻を賜りますよう心よりお願い申し上げます。
本来ならば拝眉の上、私の決意をお伝えするところですが、取り急ぎ書面にての報告になりましたことおわび申し上げます。これからが寒さも本番、くれぐれもご自愛ください。 |
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| 敬具 |
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